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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

離陸 CI B747-209(B-1888)



中華航空公司(チャイナ・エアライン 台湾)のB747-200B。

 手前にJALのB747がいる。
 今だったら、もう少し長めのレンズで離陸する機体を大きく捉えているところでしょう。

 が、当時は当然ながらフイルムカメラ(35ミリ)であり、そして長いレンズは持っていませんでした。
 ネガカバーに記載されていたカメラはOM-4。
 レンズはTokina SD 70-210mm F3.5-5.6 。
 フィルムはコダックのVRG100とありました。

 このレンズは、従来ある中望遠よりもコンパクトが売りでしたが、そのため開放値が f 5.6と暗くてファインダーでピントの山が判りにくくピンボケを量産いたしました。

 今でも、開放 f 値が5.6と聞くと、とても暗いレンズという印象を受けます。この時のトラウマでしょうか(笑)。

 これもネガが劣化していました。
 スキャンする時に修正をしましたが、色がいかにも修正しました的な感じがありますね。

 1986.2.16 旧 羽田空港
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#341_9001FとLSE「スーパーはこね」



晴れ時々Fe にようこそおいで下さいました。

このブログでは、鉄道・飛行機などに関わる写真や風景写真、旅行記などがメインテーマとなっております。
写真を見て何か感じられましたら、一言コメントを書いていただくと嬉しいです。
コメントは撮影の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
下のお願いもよろしくです。

以前に扱っていた石仏や地元関連の話題などは、別ブログで行っております。

ぶらりASAO  

こちらも、あわせて宜しくお願いいたします。

撮影 : 2005. 3. 5  小田急線 梅ヶ丘駅

旅日記の中で書かれているアルファベットの3文字は、航空業界で使われている3レター都市コード(BKK…バンコク・タイ、TPE…台北・台湾、SIN…シンガポール)です。その時に行った国の首都を表しています。

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小田急 クハ1555


 今はなきクハ1555の姿を古いフォルダから見つけました。

 この当時ワイドドア4両編成車として活躍していましたが、この半年後に6両化に編成を組み直されました。

 このクハ1555は、現在はサハ1856になっています。

 各停運用に入っていますので4+4の運用。次のコマに1061Fの後ろ姿が写っていました。

 まだ登戸駅も工事中で、工事用夜間ランプが左に少し映り込んでいます。

 2004.3.16 小田急線 登戸駅

ANA B747の新旧塗装



 羽田移転工事が進む旧羽田空港です。
 なんだかんだといっても、B747のANA新塗装も、デビューしてから随分と長くなったものです。

  先日の腰痛のお陰((?)日本語としては、ためだろうな)で、今のところストーブ・リーグ化しています。
 このブログも多少でも見やすいように、ファイル数が多いところは細分化してみました。
 あとは気になっているスキャンを進めていくことでしょうか。

 ということで、やっとフィルムスキャン環境が整いました。
 まぁ、満足できる新品フィルムスキナーがないものですから、古いスキャナーを引っ張り出して場所を確保しました。

 ネガ自体は、やはり劣化が進んでいます。
 それでもカラー補正をかけて、一応見られるようにしました。

 撮ってから30年ですからね。ある意味仕方がないことなのかもしれません。
 そのフィルムをみたら、あの100年プリントを宣伝していたSAKURA(コニカ)カラーでした。
 プリントは100年持つけれど、ネガはその1/4程度しか持たなかったようです。

 1986.2.16 旧 羽田空港

小田急 9008F 「各停」



 その当時、9000形もLSEもその後どうなるかなんて少しも考えが及びませんでしたが、とりあえず記録・記録と言って撮りに行っていました。

 この頃、既に下北沢周辺での工事も始まりましたが、いったい何時になったら完成するのだろうか? と思っていたほど見かけ上遅々としていて、とても進んでいるようには思えませんでした。


 この時使っていたデジカメのラチチュードが、リバーサルフィルムよりも狭い感じで、感覚的にはリバーサルの2/3程度かなと思っていました。

 晴れれば白飛びが激しくて、いつも1/3程度アンダーに撮っていたのも懐かしい思い出です。
 いま思えば、小田急線通勤車のペイントカラーの白を多く撮っていたためかもしれません。
 もっと違う色を撮っていたら、また違った印象を持っていたのではないかと思います。

 そしてRAWデータで撮ってあれば、その後の現像ソフトの機能向上で、もっと良質な絵に仕上がっていたかもしれません。

 2005.3.12 小田急線 梅ヶ丘

CI B747-209B(B-1886)



 中華航空公司(チャイナ・エアライン)のB747-200B。

 羽田から国際線が成田に移っても、いわゆる2つの中国問題で中華民国(台湾)の中華航空は、成田へ移れずにそのまま羽田にいました。

 当時の中華航空は羽田に限れば、台湾(台北)から羽田を経由してサンフランシスコとホノルルへの路線(そののちサンフランシスコ線は休止)があり台湾へだけでなく、米国へ都心からすぐにいけることが、ひとつの売りでもありました。
 羽田の利便性は、今も昔もかわらずですから、特に台湾へは便利なものでした。

 時間帯によっては米国行と台湾行が、同時に羽田に並ぶことがあり、場合によっては1日3回ほど見ることが出来るので、ちょっとお得な感もありました。

 1986.10.7 旧羽田空港

JAL B747-146(JA8112)



 JALのB747-100。 初代鶴丸塗装機。

 日本の空の大量輸送を可能にしたジャンボ機。

 ジャンボ機の導入を推進した理由のひとつが羽田空港の発着枠の制限でした。
 枠が一杯で便数が増やせない以上は1便あたりの乗客数を増やすしか輸送力を増強するしか手がない。

 この当時の滑走路は3本あったが使われていたのは2本だったような気がする(かなり記憶があやふやです)。

 沖合移転(埋め立て)で、現在の新羽田空港ができました。
 そして徐々に発着枠を増やしてきましたが、いよいよ限界らしく都内上空にも離着陸コースを設けるということで飛行コース下にあたる地元で説明会が行われていると報じられていました。
 
 2020年度のオリンピック対策もあるのでしょう。

 都内には高いビルが点在していますから離陸した機体が不調で、必要高度がとれなかったりするとリスクが高まるがします。

 本当に大丈夫なのか少し心配です。
 いくら性能が良くなっても天が落ちてくるより確率は高そうですので……。

 1986.6.15 羽田空港 京浜島

駆け上がる「スーパーはこね」 その2



 LSEが、まだ赤かった時代。

 この年の3月にVSEが登場する。
 LSEやHiSEが一番華やかな時代の末期とも言えるだろう。

 LSEの「スーパーはこね」は、特別なものではなくて日常的に見ることができていた。

 そんな日常の一コマ。

 2006.2.6 小田急線 鶴巻温泉-秦野

MSE「あさぎり」その1



 山から雪を運んでくるであろうあさぎりを撮ってみようかと土曜日に思っていました。

 それは、「23日から25日にかけては先日の雪ほどではありませんが、関東地方でも降雪するでしょう」
と天気予報が伝えていたからでした。
 大雪になれば、さっさとロマンスカーは止めるだろうし、この程度の予報ならばと思っていましたね。


 土曜日に夕方スーパーへ行くと、パンとかの棚が珍しくガラガラになっていた。
 あの売れ方は、雪への備えだったのだろうか。

 明けて24日の日曜日。
 雲一つないような快晴。青空が目一杯広がっていた。

 あっ、ハズレじゃん!

 さすがに風は冷たくて、寒気が来ていることを実感させました。
 あまりの寒さに20分で尻尾を巻いて引き上げるはめに。


 18日に滑って腰を打った痛みが、ようやく軽減されてきました。
 それでも腰に負担かけるような動きをするとピリピリと痛みが走ります。
 医者は、「骨に異常はないので、しばらくすれば痛みもとれてくるでしょう」の診断。

 まぁ、若い時ほど簡単に痛みは引かないよナァ…(鬱です)。

 2016.1.24 小田急線 柿生-鶴川

初代鶴丸仕様のJAL B767-300 (JA8236)



 JALのB767-346。

 撮影した日は1987年2月で、登録年が1986年12月と記録にある。

 登録したてと言っても過言では無かろうと思う。

 当時のJALは、なんと言ってもB747が主力で、それに輸送力な意味合いではDC-10もあった。
 その上で補完的な意味合いでB767が導入されていた印象がありました。
 要するに影が薄かった訳です。

 既にDC-8が引退しつつありましたから、その穴を埋める意味合いもあるのだと感じていました。

 1987.2.11 成田空港

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