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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

デハ1706新塗装1つ目時代



小田急が、新塗装(現行塗装)に移行しつつあった時代。

南瓜色(と当時は呼んでいたかは、記憶が定かではない)から、ホワイトアイボリーにロイヤルブルーラインに変わった当初、他の塗り分け線と揃えるべく位置を同じくしていた。
これがシルに掛かってしまい、旧型車にはカッコ良くない……で、次からは塗り分けラインをシルから下に変更した。

デハ1706(編成)は1つ目時代に塗装変更が行われたものですが、既出にそれがなく、以前とある掲示板にアップしたところ、若いモデラーが俄然気に入ってしまい、9ミリのフルスクラッチであっという間に作り上げたという話が伝わってきました。
そして、それが模型雑誌に記事なるいう話も、後になって教えられました。

まぁ、その辺は、彼の技量ですからね。私のどうのこうのという話ではありませんが、でも嬉しかったな。

どこかに出かける時に撮ったなにげない1枚が、時間を経ていろいろと役立つこともあるようです。

蛇足ながら、その後の姿は、こちらです。

1969.8.17 柿生駅
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#198_今そこにある風景



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以前に扱っていた石仏や地元関連の話題などは、別ブログで行っております。

ぶらりASAO 

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撮影:2012.11.28 新百合ヶ丘-柿生

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そのような書き込みをご遠慮下さいますよう、お願いいたします。

紅葉とFトレII 13



11月の三連休も仕事で終わり、やっと一息ついたら水曜日。

ああ、天気は味方せず……深い曇天。

午後から空が気持ち明るくなったので、シェイクダウンを兼ねて出かけました。

予定もせずに線路端にいたら、2本目でコレが来ました。

運が良いのか、悪いのか…。

粗めの液晶ファインダーは見づらい……でも機材が軽いのはヨシです。

2012.11.28 新百合ヶ丘-柿生

スーパーはこね@RSE



2012年の春に引退したRSE、20000形。

そう言えば、「あさぎり」だけでなく、いろいろな特急に活躍していたっけ。

寒くなると、このほんわかとした暖かいパステルカラーのロマンスカーが懐かしくなる。

2004.1.25 新百合ヶ丘-柿生

無マーク時代のメトロ6011F その1



今はメトロと言っても違和感がなくなったが、それ以前は営団(正式には帝都高速度交通営団)と呼んでいた。

正面貫通扉に営団のシンボルマークの「S」があったのだが、会社名変更となりそのシンボルマークを撤去してしまった。

が、呼び名の変更は、「明日から○○と呼びます」でも済むが、物理的な作業は一夜にして出来るわけがない。

事前にポチポチと作業をするのだが、そうは言ってもまだ新しいマークを貼り付けるわけにも行かず、とりあえず古いマークだけを撤去しておく無マークの時期があった。

同じ6000形でもかたや無マーク、かたや営団のマーク付といったバラエティに富んでいた。

過渡期にチョットだけ見られた風景。

2004.2.11 小田急多摩線 五月台-栗平

9000形同士の並び、被り?



並びか被りか、その判断が、ビミョーなところですねぇ。
て、このネタ、少し前に使ったような気がします(汗)

9003Fの各停「小田原」行と9307Fの急行「新宿」行。

当時としては、ごく普通の何気ない光景だった。

が、その後運用が変遷が二転三転して、今ではこの区間では4両編成の各停が見られなくなったし、9000形もいなくなってしまった。

N6の全盛期には間に合わなかったけれど、9000形や4000形、5000形・5200形の最後の記録には間に合ったデジタルカメラでの撮影。

1本36EXという制限やISO感度の制約などが外れたデジタル化。

よく、デジタル化すると1枚に込める気迫が薄くなったとか一般的に言われていたが、私にとっては撮りたいだけシャッターを切れる幸せの方が、大きかった。

フイルム時代は、どうしてもあと○枚だからセーブしながら撮っておこうとか、帰ったら即現像に出せるようにこれでお終いにしておこうとか、シャッターチャンスとは無関係な要因で記録に制約が掛かっていた。

社会人になると毎日写真を撮るわけにもいかず、中途半端にフイルムをカメラに装填するとフィルムが入ったままでカメラは、しばし休眠状態になってしまうことが度々発生していた。

おそらく、そういったしがらみから、こんなシーンはファインダーで追ってシャッターを切らずに終わったことだろう。

まぁ、撮ったからと言って、とてつもなく良いシーンが残った……訳でもないか。

そして、そこも、またビミョーなところか(汗)。

2003.11.16 開成-栢山

旧4000形(4259F)



お別れ会もなく、人知れずに消えていった旧4000形。

生まれた時は、確か3両編成でしたが、いつの間にか成長(?)して6両編成になっておりました。

モーターをABF系から持ってきたものから、廃車になったHE車からもらい受けてのパワーアップ。
そのお陰で、冷房装置が載せることが出来たとか。

だが、いかんせん中型車用のモーターでは非力だったのか、冷房装置は5000形の5台と比べて一つ少なかった。

地味な助っ人の人生(車生か?)を、全うした旧4000形。
生まれにしても、その後の活躍にしても実に4000形らしいありようだった。

2003.11.16 愛甲石田-伊勢原(アドバイスを受けて記載できました。ありがとうございます)

N6(2670F) 南瓜塗装



それは、突然のことでした。

N6こと小田急NHE2600形の最後の1本が、昔の塗装に復活するという噂は。

復活塗装というイベントが当時、鉄道会社間で流行りつつあったが、まさか小田急がねぇ…やるわけないじゃん!
  という大方の予想を裏切って、本当に登場したのであった。

塗り分け線の位置が昔と違うとか、細かい部分での相違はありましたが、みな素直に喜んでいたのは事実。

復活塗装で活躍したのは、わずか半年あまりの期間でした。

その期間の短さが私を本格的に撮り鉄に復活させ、しかも、のめりこむ要因のひとつだったと、今になってみれば思い当たります。

この後に登場する5000形は、始めから新塗装(現行塗装)でしたから、この色を過去にまとったことのある最後の1兵卒だった訳です。

今から思えば、まるで一夜の夢よう。

これも、もう一昔ほど前になってしまいました。

今日のような雨降る寒い秋の日は、昔を思い出すのに、ちょうどよいかもしれません。

2003.11.2 栗平駅

♪まあるい緑の……

新宿にあるカメラ量販店のCMソングの冒頭の部分である。

そう言われると、頭の中でCMソングが、勝手に聞こえ始める方もいらっしゃるだろう。

さて、その次の言葉の「山手線」だが、あなたは、なんと発音しているだろうか?

やまのてせん or やまてせん ?

1971年。
国鉄が各線名に表記を振ることになった。

山手線は戦後から『やまてせん』と呼ばれていた。
つまり、私などの世代は生まれてから、ずっーと『やまてせん』と呼んできたのだ。

それが、この年の3月から、戦前の表記、『やまのてせん』に戻すという。
一大ニュースとばかりに、表記が変わってから撮りに行った。

写真はその時のもの。
写っているのは、当時だったら、ごく普通の非冷房・低運転台1つ目のクハ103である。



しかし、今になって考えてみれば、実は「やまてせん」の時代の方が短い。

残念ながら、変わる前は当然だった「やまてせん」表記の写真が1枚も撮ってなかった。

まぁ、往々にしてこんなことがある。貴重だった時期を見誤るというヤツだ。
撮れる時のものは、その場で、できる限り撮っておくのがベストな記録なのだなと…。

さて、冒頭のCMソングの件であるが、
1990年代までは、「やまてせん」と歌っていましたが、その後「やまのてせん」になったという。

実は、これ替え歌だったのですねぇ。
元は、アメリカ民謡の「リパブリック賛歌」だそうです。

う~~ん、いろいろと奥が深い。

1971.3.7 新宿駅

時は流れて…



京浜東北線から209系が去った今、これを見ると新鮮な感じがする。

小田急ブルーが印象が強調されて、これはこれでイケるのではないかと…。

この写真を撮ってから、早いもので9年を越した。

10年一昔とは言うけれど、つい先日だった気がするのは、こちらの時間の経つのが早いためだろうか。

うむ……。

さて10年も経ったら、10年一昔と言うくらいなので、セピア色コーナーに移動してもおかしくはない。
この区分だが、非鉄時代を挟んでそれ以前とそれ以後との区分なので、恐らくこのままで行くのだろう。

うむ……。

中学生から9年引いたら、保育園児や幼稚園児になってしまう。
ピカピカの小学1年生だったら、中学3年生か高校1年生。

うむ……。

この期間で、どれだけ記憶に残るシーンを撮れたか。
実は、それが大きな問題だったりする気がしてきた。

2003.10.25

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