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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

20年目のバンコクホリディ 10

宿に帰るには、チトお日様の位置がまだ高い。

こちらにきたら、もうひとつの場所へ行ってみることにした。
道に迷いつつもトボトボと歩いて、たどり着いたのは、もうひとつの始発駅トンブリー(Thonburi)駅(今は再開発中で仮設なんですけれどね)。



駅の近くは、お店があるのもタイでは定番。ちょっとした市場を形成している。
そういえば、初めてトンブリー駅を訪問した時も、お店に埋もれるようにして駅がありました。
仮設になってその辺りは、キチンと道路で分けられたようです。



駅で入れ換え業務をしていたディーゼル機関車。
C配置で、いかにもの入れ換え専用の雰囲気が漂う。日本で言ったらDE10や11の縮小版みたいである。
どちらかというとDD13の短縮タイプといった面持ちがあるが、今時この例えでは知らぬ人も多いだろうなぁ。

初めてこのトンブリー駅から乗車した時、駅を出るとすぐ右手に機関区があって、赤錆びた蒸気機関車が群れをなしていた記憶がある。
その印象が強くて再訪問してみたかったのだが、近くまで行っている割には訪問できずにいた。いくらなんでも、さすがに20年も放置されている訳もあるまいし…。

その機関区を道沿いに通り過ぎようしたら、機関区の中に黒い塊が見えた。
よく見ると、あれは蒸気機関車のテンダーじゃありませんか。






機関区にさらに寄ってみれば3両の姿がある。
しかも、後ろの2両のテンダーは斜めカット。
ありゃ、C56じゃないか。

おお、こんなところで再会を果たすとは…。
しかも錆色でも無く、保存のためペイント色でも無い。

動態保存の蒸気機関車!
タイでも、そういった動きがあるのかと感激してしまった。
そうとなれば、更によく見たくなるのが人情というものだろう。

見ていたら機関区を抜けていく人がいたので、後をついて機関区の中の抜け道へ。



逆サイドからみたら、正面に「C5615」のプレートが掲げられていた。
こりゃ、日本人向けのサービスだろうか。
大井川鐵道でもそうだったが、本場のこちらでも蒸気の正面に機番を掲げる習慣はない。

うしろのカマの番号は判らなかった。
というより、もう調べる余裕が無かったのだ。
写真のデータも満足にチェックしていない位、焦りまくっていた。
そのためかブレが生じているようで、絵がいささか甘いことに気がついたのは日本に帰国してからだった。



掲げられた国旗が、綺麗にたなびくほどの風と黒い雲。
ここでは、スコールが来る前には必ず強い風が吹く。
その風が来ると屋台は、一斉に雨対策へと走る。

あと持って30分、いや15分か。
その時間までに対岸に渡って、タクシーを拾い宿に向かわないとエライ目に遭う。
雨が降れば、タクシーがつかまりにくくなるのは、日本でもタイでも同じ。

結局、対岸に渡った所で時間切れとなった。
バケツをひっくり返したような雨が降り続き、1時間ほど商店の軒先で雨宿りをする羽目になった。
そして、大通りにでたものの、タクシーはなかなか拾えずと、思い描いたような展開。
この機関区をスルーすれば大丈夫だったと思うのですが…。

それじゃねぇ、悔しいですから。

2011.8.16 バンコク・トンブリー駅
つづく

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20年目のバンコクホリディ 09

振り返れば、そこは駅。



タイの駅は、どこも威厳がなくて、周囲を商店におされている。
よく言えば、フレンドーリーなのかもしれないが…。

駅構内に置かれていた蒸気機関車の模型。
森林だらけだった昔の燃料はコレだったのだろう。積んでいる燃料は、どうみても薪です。



のんびりとしているお国柄だが、列車の発車時は細心の注意をはらっている。
列車後部と前部(ここでは駅員さんの陰になって見ない)に2人車掌さんが、旗を持ち乗降客を確認している。そして駅員も旗を持っている。
この3人の旗が、全員「緑」になったことを運転士が確認して発車していく。



ナコーン・パトムの巨大仏塔を見てきましたが、撮っては見たものの巨大すぎて絵になりません。
大きな物は、遠くから見るに限る…かな。


お昼に食べたのは、こんなもの。


駅近くの駅そば。
タイの駅では、地方へ行ってもだいたいそば屋がある。店が無い場合だと代わりに屋台が出ている。
多くの場合、米粉を利用した緬で太さが2~3種類用意されている。まぁ、麺の味はどれでも同じなんですけれどね。
このお店は珍しく中華麺しか無かった。そして選択肢は、汁なし・汁ありの2種類。
チャーシューとミートボールのトッピングで、お値段は25バーツ。
量は、日本の1/3~1/2程度。

ステンレスのコップに入っているのはお水。
タイの水道水は飲料に適さず水は買って飲むものであるが、お店で飲み物を買わないとお店のお水を出してくれる。
昔は、水道水を沸かしたものを冷まして提供していた。沸かした証拠にお茶を軽く入れて色つけをしていた。
色が付いていれば安心というわけである。

今回は、お店で大きな買ったボトル(20リットルぐらい)から小分けして飲料水として提供していた。
こんなところにも、経済力の向上があるんだなぁと変なところで感心をしていた。

駅で帰りの列車の時刻を確認すると、上り方面は概ね1時間遅れ……。
次に来るのは16時そして17時。
待ち時間は2時間近く…。



タイという国は、交通網としては鉄道よりもバスが発達している国である。
バスで、バンコクに戻るにしても写真のようなエアコンバスとエアコンなしバスが走っている。
このバンコク行きのエアコンバスは2~30分に1本割合。とほぼ同間隔でエアコンなしバスも走っているのだ。
鉄道の本数が少なくとも問題がない。だから鉄道に権威がないというかバカにされているというか、そんな気がする。

結局、このエアコンバスでバンコクへ戻ることにした。
運賃は鉄道よりも当然高く40バーツ。(でも、邦貨にしたら100円ちょっと)
バンコクには、方面別に3つの大きなバスターミナルがある。そのひとつ南方面に着くはずである。
ただ、東バスターミナルを除いて市内の鉄道網と接続としていないのが不便なところ。

エアコンの効いた車内でウトウトしたらしい。ふと外を見れば道路標識に飛行機の絵が出てきた。時間は発車してから1時間。バンコク市内に戻ってきたのだろう。ポツリポツリと乗客が降りはじめている。

とあるバス停で、私を除いて全員が降りてしまった。
車掌さんに聞くと、指で下を指しながら

BANGKOK!

とひと言。

あたふたと最後に降りたが、バンコクのどこに降りたのかが、さっぱり判らない。
とりあえず、進行方向が目指す先として歩き始める。
遠くに道路標識が見えたので、そこまでいってみることにしょう。



自分のいる位置は、おおよそ判ったが、どっちに行けばいいんだ?
同じ名前の橋を示す位置が違っている。

ハァ~。

思わずため息が出た。

そして後から思い出した。
この南バスターミナルは、道路下り側に設置されている。地方から上ってきたバスは、その先のUターン出来る場所まで行きターンしてくる。降ろされた場所は、市内中心部に一番近い場所だったのだ。
普段利用しているタイ人はその場で降りて、タクシーや市内バスを利用して、更に目的へ向かうのだった。

2011.8.16
つづく

20年目のバンコクホリディ 08

この日、バンコク中央駅から向かったのは、近郊にあるナコーン・パトム(Nakhon Pathom)という町である。
バンコクから各停で1時間少々の場所。



運賃はわずか14バーツ(邦貨にすると約38円)。
優等列車だと違ってくるのだろうが、普通列車(3等車しか編成にない)の普通席ではこの値段だった。
この費用では、車両更新もなかなか進まない訳である。
庶民に優しい国鉄というところであろうか。
切符はご覧の通りコンピュータで打ち出され外国人にも判りやすいようになっているのは有り難かった。



駅の引き揚げ線で、今回見かけたタイ・ロイヤルカラーとも言える車両たち。どうやら順次塗り替えられているようだ。
車両は、なんとなくJRのお下がりのような雰囲気がある。が、走りゆく車中から撮ったもので子細を調べようがなかった。



更に進むとジャンクションのバンスー駅。
ここの広い一角に明らかにJRからの車両と思われるものがいた。
保留車なのか、予備車なのかは残念ながら判らない。



ここは目的地のナコーン・パノム駅、そして乗ってきた列車。
意外にもバンコクからレールはロングレール化されており、PC枕木であった。
バンコク駅構内の方が、そういう意味では整備がまだのようである。
架線のないフラット空が気持ちよい。



駅を出ると、目の前に現れる大仏塔プラ・パトム・チェーディー。
高さが120.45mあり、世界最大とか。

ギネスブックに登録とかは、ガイドブックには書いてなかった。

2011.8.16 バンコク&ナコーン・パトム
つづく


20年目のバンコクホリディ 07

駅という場所は、一般乗客には単に乗り降りをする場所なんですが、趣味をする目を通してみるといろいろと面白いものが見えてきます。
もう少し、駅の光景を続けます。



サボを使っていた時代でしたら、日本でも見られたのですが、幕や電光表示になってしまい消えて行きました。始発・終着駅の必須のアイテム「行先方向板」です。



これは、これは…(汗)。
3人一組になって車両洗浄をしています。
トップの人が、洗剤を散布し、
2番目の人が、モップでゴシゴトと洗っていき、
最後の人が、水でそれを洗い流していく…。

じゃ、車両の上の部分はどうするのだ? というと何にもしません。
一番目につく面積の広い部分を綺麗にしておけば、綺麗に見られるだろう…ということかも。
それを駅でやってしまうのが、タイらしい。
でも以前はこれは見られなかったから、美的心の向上があるのでしょう。



なにやら、台車の周りに作業員が集まってます。
みているとああでもない・こうでもないとやっています。
結局、この車両を切り離して、別の車両に付け替えましたので、ブレーキが悪かったのかもしれません。



ホームの片隅というか、真ん中辺りにゴロゴロと置かれていました。おそらく老朽化で多発しているのでしょうか。
そんな整備も駅の折り返し時間中にやってしまう。
ある意味、凄いです。




そして、他から持ってきた車両を連結。
係員が、無線で運転士に指示を出しています。

以前は見られなかったもののひとつにこの無線機の使用があります。
作業員から、セキュリティまで持っています。

やはり何かあった時のためと、作業の効率化なんでしょうね。

上の2枚 2011.8.16
下の3枚 2011.8.18

20年目のバンコクホリディ 06

バンコク中央駅(ファラムポーン駅)は、前回と少し変わっていた。

以前はホームに入るには駅員がおりチェックしていたが、その駅員がいなくなりフリーパス状態になっていた。

正面に掲げられている肖像画の主はラーマ5世。タイに鉄道を引いた王様である。

ラーマ5世と言えば、映画『王様と私』で、ユル・ブリンナー演じる王様が家庭教師アンナと踊るシーンが有名であるが、あれはどうもハリウッド的な演出らしい。
タイに赴任したアンナは、かなりお年をお召していたとある。またタイの国情をもってして「踊るなんて」だそうだ。タイでは、この映画は国辱もので上映禁止となっている。

それはそれとして、ラーマ5世は積極的に西洋文明を採り入れ、タイを近代化に導いた王様でもある。そんな背景もあって、あの映画はつくられたのだろうか。



チケット売り場窓口にモニタが着いて、どこ行きか表示してある。
もっとも、オールトレインと表示されている場合が多いように見られた。



上にある更に大きなモニタは出発表示板。
列車名、行き先、出発時刻、遅発時刻、ホームと表示されている。当然ながらタイ語と英語の交互表示をしている。
が、後日わかるのだが、遅発時刻はまだ機能していなかったのだ。



ホームに出てみると、天井からミストがまかれていた。
これだけのオープンスペースなので、冷房するには無駄が多いということは素人目にもわかる。

でも、暑い!

それでこの機能が導入になったのだろう。
このミストは効果があるらしく、屋根のある部分では涼しかった。



こちらは、ホーム端の車止め。
恐ろしいほどの簡略タイプ。
こんなので、列車が止まるのだろうかと不安になるが、どうせゆっくりと進入するので、すぐに止まると思って大層な物は造っていないのかもしれない。



行き止まり駅なので、上野駅みたいに車庫に推進運転で戻るかと思いきや、そうでもなかった。
まず牽引してきた機関車を列車と切り離し、別の機関車がきて客車だけを引き上げていく。
機関車は、単機で戻っていくのが通常のパターンだった。
どこかで見たような気がした。
大井川鐵道の千頭駅が似たようなやり方で、機関車を付け替えていたように記憶している。

もっとも推進運転で戻っていくのもあったから、一概に決められているようではなさそうである。
列車によって違うのかも知れないが、その判別は短時間の観察では判らなかった。

2011.8.16

 つづく


20年目のバンコクホリディ 05

バンコク到着3日目の8月15日。
日本では終戦の日記念式典が行われているだろうなぁ。なんてことは思い出せず…。

今日は、午後からアユタヤライトアップツアーに参加予定。
旅全体は、個人旅行なので団体行動は、これだけ。
昔は、現地発着のツアーは申し込むのも大変だったが、今や日本にいてホームページからツアーを申し込める。便利になったものですねぇ。
不案内な土地で、暗くなってからでは道もよく解らないし、比較的安全とは言え何があるかは判らない。帰りの足のことを考えて、ツアー参加が良いだろうという判断となった。

ホテル近くの集合場所に14時30分集合。
そのためのんびりと午前中を過ごすことにした。

出発間際にスコール到来。バケツをひっくり返したような雨が降るが、長くても2時間程度で止むのが、この時期の特徴だ。
雨に追われるようにツアーバスは、アユタヤへ向かう。



まずは明るいうちに、2~3の遺跡見学。
青空バックに映える煉瓦色の遺跡のはずが、どんよりとした曇り空。

まぁ、バンコクがあれだけ雨だったので、仕方がないかもしれない…。

夕食後にライトアップされた遺跡を巡る。




こちらは、レストランを出た目前遺跡のライトアップされた姿。
ライトアップのライトしかなく、暗い…。
1/20 f3.8 30mm、ISO感度25600。
さすがに、そこまでISO感度を上げると沢山のノイズが…。
カメラのモニタで拡大しなくともノイズが判別できるほど盛大に出てしまった。

フォトショップで調整しましたが、その分、夕暮れの残る青さが無くなってしまいました。



こちらは、1/20 f4.2 28mm ISO8000。



 こちらは 1/25 f5.3 55mm ISO6400。

てな具合で、高感度域のテストみたいな撮影となってしまった。

このアユタヤの地は10年位前だろうか、遺跡全体が長期間に亘って水に覆われてしまい、路盤(?)がガタガタになってしまった。
以前から少しは傾いていたのだろうが、その傾きが一層酷くなり、どの建造物が鉛直なのか撮っていて判らなくなってしまった。
それプラスしてレンズのワイド域のゆがみもある。

トータル4~50分ぐらいかな、3つの遺跡を見て回り、バンコクへと戻っていきました。

2011.8.15
つづく

20年目のバンコクホリディ 04



この雑然とした入り口が、タイ国鉄ウォンウィエン・ヤイ駅のメインゲートです。
建物のまんなか付近に外(空)が見えますが、そこがホーム。
右手の木調の建物が駅舎。左手のカマボコ型した場所は、屋台が発達した食堂。

昔ながらの風景です。

今、日本で流行の“駅ナカ”ですが、こちらはとうの昔から存在していました。



衣料品から、



ファーストフード店もあります。
なにせホーム片側全体がショップですから、歩けば最低限の物が揃ってしまうほどです。


メークロン線は線名こそ1つですが、実は2つの区間に別れています。
このウォンウィエン・ヤイ駅とマハチャイ(Maha Chai)駅の区間とバンレーム(Ban Laem)駅とメークロン(Mae Kling)駅です。
この途切れた区間はどうなっているのかというと運河(河口と言うべきか)に遮られています。そこをお客さんは渡し船で移動するというシステムです。

ウォンウィエン・ヤイ駅とマハチャイ駅間は運転本数が多く1日17往復あります。
片やその先は1日4往復。

当然ながら接続便は、その渡し船の乗っている時間も考慮されています。

あっ、気動車が入線していますね。


こうやって見るとホームが主体なのか、屋台が主体なのか判らなくなります。
なんか鉄道が、舐められまくっている感なきにしもあらず…。



こちら側の方の車両が、番号が大きくて新しいようです。
SRTというアルファベットが、英語でのタイ国鉄の表記です。タイ語で書かれていても残念ながら私には読めませんから、有り難いことです。

この地域、先のBTSウォンウィエン・ヤイ駅周辺を除けば、昔ながらのバンコクの息づかいが感じられます。
観光客が来ようが、それはそれとほっておいてくれます。
ごく普通の生活感の溢れる町でした。

この3日後に、ここから終点マハチャイまで乗り、渡し船で運河を渡り、更にメークロンの終点を目指す予定です。
なんで、それ以前にそこいるかというと、初めての場所なので下見という理由もありますが、周辺を見てみたかったのです。
ここにはタークシン大王像があります。

タイの歴史を紐解けば、現王朝にいたるまで、いくつかの王朝が出来、そして滅んでいきました。

世界遺産に登録されているアユタヤ。
そのアユタヤ王朝が、1767年侵入してきたビルマ軍に滅ぼされました。
1782年、ビルマ軍を敗退しアユタヤを奪還したのが、このタークシン王でした。

破壊の凄さにアユタヤでの再建を諦め、このトンブリーに都を移しました。
が、この王様、末期は精神に異常きたし、チャックリー将軍がチュラローク王として彼を継ぎました。
それが、現王朝の初代王様(ラーマ1世)です。
と同時にチャオプラヤー川対岸に都を移し、今に続くとなる訳です。

まぁ、そんな歴史の場所を歩いてみたかったのです。

2011.8.14
つづく

20年目のバンコクホリディ 03

こちらが新型BTS車両。目が釣り上がってデザインが今風です。



珍しくラッピングをしていません。
造ったのは中国の会社。おそらく大分ディスカウントしたのでしょうか。価格競争になると日本をはじめ欧米諸国は、中国製に負けてしまいます。

この駅まで乗った車両は、ちょうどコンプレッサーの上でした。
懐かしいコンプレッサー音と振動。座席に座っていると足が共振してブルブルと震えます。
い~や、懐かしい。
小田急線で言えば、いま引退しつつある5000形のレベルでしょうか。いや、それ以前かな。

安い理由は、こんな所にもあるのではないかと思ってしました。



ま、性能とは関係なくデザインは、有名どころのようです。



この撮影したウォンウィエン・ヤイ(Wongwian Yai)駅は、バンコク市内を流れるチャオプラヤー川西岸になります。
王宮をはじめ、宿泊しているホテルなど、ほとんどの観光施設や政府機関は東岸側にあります。
西岸で有名な場所と言えば、ワット・アルン(通称:暁の寺)ぐらいでしょう。
西岸は、どちらかというと市内でも開発が遅れていた地域。それを一気に取り戻すべく、下を走る一般道路も太く、そしてビルも林立しました。

バンコクには、BTS、MRT、エアポートリンクを除いて、方面別に3つのターミナル駅があります。
いわゆる国鉄従来線と呼んでよいでしょうか。バンコク中央駅と呼んでいるフアラムポーン駅。ここに主な列車が発着します。
そして、対岸のトンブリー地区にあるトンブリー駅とこのウォンウィエン・ヤイ駅です。

トンブリー駅から発着するのは、その先は、ビルマに通じていた泰緬鉄道の路線。現在は途中のナム・トク(Nam Tok)で途切れています。この路線は中央駅からの路線を途中で分岐し、乗り入れることが出来ます。

最後なりましたが、ウォンウィエン・ヤイ駅が発着するのはメークロン線。元私鉄路線だったそうで買収されて国鉄になったそうです。そして、他のどの路線とも接続していません。

BTSウォンウィエン・ヤイ駅と国鉄ウォンウィエン・ヤイ駅が近いかというと、徒歩10~15分かかります。
でも同じ駅名です。
そこを歩いて移動するのは外国人観光客ぐらい。地元の人はバイクタクシーやタクシー、バスなどを使っているようで見かけませんでした。

2011.8.14
つづく

20年目のバンコクホリディ 02



まず荷物を宿泊先のホテルに置かねば、動きにくい。
チェックインすると清掃がまだなので室内には入れなかったが、荷物を預かってもらい身軽になることが出来た。




 まずは一服することに。
ホテルの隣にあったマックへ。
マックの前に立つドナルド君(だったけ?)はタイらしく、両手を合わせてワイのスタイルをしていた。
人気者らしく、店内から見ていると観光客がかなりの頻度で並んで記念撮影や、こうやって撮影をしていく(笑)。
他のマックでもワイをしていたのでタイ・マックのディフォルトスタイルのようだ。



こちらは、霊験あらたかなエラワン寺院。
海外から特に中華系の参拝客が絶えないほどである。まだ朝8時台と早目の時間なので空いていたが、日中は大変な混み具合となる。
こちらの寺院、日本との違いは、はじめにお願いだけしておき、願いが叶ったらタップリとお礼を奉納するという。いわば成功報酬型である。神様も努力を求められる。なんと言うべきか…。ふーむ。

この上はBTSのジャンクション。そしてそこを走るのはラッピング車。
保護壁が高く、下からだとあまりよく車両が見えない。



そのラッピング。日本よりも断然面白い。
車両全体を覆うようにして、まさに全身広告だらけとなる。


チットロム(Chit Lom)駅

現在BTSには、スクムウィット線とシーロム線の2つの路線がある。そして徐々に延長されている。
こちらは3両編成のスクムウィット線。

ホームに佇む警備員は、黄色線から1歩でも線路側にはみ出ると激しく笛を吹いて注意してくる。
接触事故を防ぐためだろう。
MRT(地下鉄)は、ホームドアが設置されており警備員はいなかった。

以前は両方とも3両編成だったが、現在はシーロム線には新型車両が導入され4両編成になっている。

2011.8.13
つづく

20年目のバンコクホリディ 01

初めてバンコクの地を踏んでから、今年で20年。
正確に記するならば20年前は5月でしたので、現在は21年目に突入です。

タイの魅力に取り憑かれ、この20年間にタイの地を踏むことが13回。
その中には深夜に中継地としてバンコクに降り立ち、翌朝に出国もありましたけれども…。
また日本への便接続が悪くて、半日近く空港内で時間を潰すよりはと空港に荷物預けて市内に繰り出したこともありました。
そのようなこともあって、パスポートの入出国スタンプは、日本よりもタイ国の方が多かったりします。

折に触れ、見てきたタイ国、そして首都バンコク。そのような訳で、時々回顧モードが入るかも知れません。
20年目のバンコクホリディは、鉄道三昧とも言える旅となりました。


羽田空港の国際線専用ターミナルがオープンしました。やはり、ここは使ってみないことには始まらない。(何がだ?)
金曜日の夜遅くに日本を発ち、早朝にタイ着です。まる1日多く、滞在できます。



この国際線ターミナルも初めてです。展望デッキは夜もオープンしています。
搭乗口は110ゲート。デッキから見ればB767-300ERの新型が…。
あれに乗ってバンコクへ行くのか、ちょっとワクワクしてきます。

が、世の中そうは甘くありません。



乗った機体はJA609A。
あの~、ウィングレットが着いていないンですけれど…。

デッキから見た機体は、バンコク行きの1時間前にシンガポールへ飛び立つ機体でした。
シンガポール行きが離れるとすぐこれが来ました。やはり搭乗口数が足らないのでしょうか。

金曜日24時30分発。つまり土曜日の零時30分です。
到着予定は土曜日の5時20分。
日本とタイとは2時間の時差がありますので、日本時間ならば7時20分となります。

離陸して暫くすると飲み物のサービスが始まりますが、夜も遅いので食事はありません。
その前に水320mlとお菓子(ナビスコのオレオビッツサンド小袋)が透明な袋入りで配られました。
ビールはプレミアムモルツがあるというので、それにしましょう。
だって金曜の夜ですから(笑)。



こちらは到着前の朝食です。
飛び立ってから約4時間後です。
そう、少しウトウトしただけの時間です。はっきり言って眠いです。

そうこうしているうちにバンコク到着。
到着時間は現地時間4時20分。予定時刻よりも1時間も早く到着です。
この時期ジェット気流が弱く、むしろ追い風に近い場合マッハ1近くになる時もあります。
そういえば、昨年のシンガポールも早着だった記憶が。

市内に入るには、新しく出来たエアポート・レール・リンク(鉄道)で行きたいと思いますが、始発は6時。
荷物を持って空港内をブラブラと見学。



エアポートリンクの乗り場は地下1階になります。
急行扱いのエアポートリンク(赤)と各駅停車扱いのシティリンク(青)。
停車駅は写真の通り。
エアポートリンクはクロスシートですが、シティリンクはロングシート。
当然ながら時間が違って18分と27分。
運賃に差があり終点までエアポートリンクが90バーツ。シティリンクが45バーツ。

そうそう、レート換算は1バーツ(B)=2.7円。
市中で買い物をするときは、約3円で計算していました。


終点のパタヤー・タイ駅で並んだ、急行と各停。

乗る時は、ホームが違い誤乗を避けていました。
実はエアポートリンクは、少し前まではマッカサン駅止まり。(終点の2つ手前まで)で終点へはシティリンクへの乗換が必要でした。
マッカサン駅は航空会社のチェックインカウンターがあり、そこでチェックインのことを考えてのことだと思いますが、この駅は市内のBTS(スカイトレイン)やMRT(地下鉄)と接続が悪くMRTペチャブリー駅まで5分ほど歩く必要があります。
で結局、終点のパタヤー・タイ駅まで延長されたような気がします。

なんとなく詰めが甘い。で、すぐ変更するところが、タイらしいところでしょうか。
つづく
2011.8.19-20

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