FC2ブログ

晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

5563F



5200+5000形10両のさよなら運転が終わった。

若干の虚脱感にとらわれています。
もっと大きく来るかと思っていましたが、さほどではありません。

2600形や9000形の方が、大きかったですね。
こちらの2形式の場合は、昔からの思い入れが強かったためでしょう。

5200形は、少し鉄熱が冷め始めた頃の登場ですから、意識上では「待ちに待った登場」といったインパクトがなかったからかもしれません。

その点、5000形は、9000形と同様に登場時点から意識を持って見ていましたので、こちらが離脱する時の方が、ダメージが大きいかなとも感じています。

2004.1.25 新百合ヶ丘-柿生
スポンサーサイト



さようなら5268F



 今日が、5000系10両編成運転の最終日。

お昼まで所用があり、午後からの参加となった。
とりあえず昨日で自分なりの区切りはついていたが、名残は惜しいもの。

さよなら運転が終わり、本線を回送で通過していく。これが本当のさようならだ。

そのお別れを惜しんで、この場に50人近くが集まった。

2011.1.30 玉川学園前-町田

#127_5000形10両さよなら運転



晴れ時々Fe にようこそおいで下さいました。

このブログでは、鉄道・飛行機などに関わる写真や風景写真、旅行記などがメインテーマとなっております。
写真を見て何か感じられましたら、一言コメントを書いていただくと嬉しいです。コメントは撮影の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。下のお願いもよろしくです。

以前に扱っていた石仏や地元関連の話題などは、別ブログで行っております。

ぶらりASAO  http://yajiburo.blog46.fc2.com/

こちらも、あわせて宜しくお願いいたします。

撮影:2011.1.29 栗平-黒川

【お願い】
記事に関係のない書き込みは発見次第、即時削除させて頂いております。
そのような書き込みをご遠慮下さいますよう、お願いいたします。

5262F



経堂から東京タワーや六本木ヒルズが見えている。
地上線時代は、ビルに隠れて見えなかったものが上に上がることで、露わになった。

そうは言っても、空気中の塵などの影響もあって、空気の澄んだ日でないとよく見えないのが大都会の遠景らしいところだ。

経堂駅から見る都心部は近いように思えるが、意外に遠い場所なのかもしれない。

2004.6.20 経堂駅

5261F



一時、小田急の列車区分は、特急・急行・準急・各停の4つしか無かった。

もっとも急行は、箱根湯本や江の島まで行くものから相模大野止まり、またそこから各停になるものなど多種多様に変化していた。なんで別の種別にしないのか不思議なくらいだった。

上りは柿生からだと新百合ヶ丘で急行接続があったが、新宿着で5分程の差であり、急がなければ座っていける準急をよく利用したものだった。
それが今や種別が増えてしまい、その分のわりを食って(?)準急に当てられる本数が日中は激減した。

準急といえば、N6や6両編成の時代はとうの昔話。
今や急行と変わらず10両で運転されている。

2005.4.9 柿生-鶴川

5260F II



先にアップした5260Fですが、違うカットから再登場です。

この5200形には、4両化された編成が3本ある。

5255F、5256F、5258F

当初、この3本は、新松田-箱根湯本間を主な活躍の場となるような話が流れていた。
その専用編成は実際には1000形で登場し、赤い色を纏って、よほどのことがない限り新松田以東に営業車としては登場しない。
その赤い色を纏った編成数は3本。

数は合うんだよなぁ。

傍から見ていると時々不可解な行動をする小田急電鉄である。それ、誰か説明してくれないかナ。

2004.3.14 新百合ヶ丘-柿生

10年ひと昔と言うけれど…



社会の流れが早い。

10年と言わず5年でも大きく変わっている。それは鉄道界でも同じ。

今から5年前の2006年は、東海道線東京口に113系が走っていた。
京浜東北線は209系の天下だった。
伊豆急行から乗り入れてくる今は季節列車化してしまったαリゾートも定期運用していた。
東海道線には静岡まで特急「東海」もいた。
そして、忘れてはならない夜行寝台特急もいたっけ。

あと5年経ったら、どうなっているのだろうか?
185系特急「踊り子」号や211系は、いなくなってしまうのだろうか。

2006.3.5 川崎-横浜

5259F



多摩川橋の掛け替え工事も長かった。
渇水期に主な工事を進めるため、その時期にならないと進捗状況が大きく変わらない。

この時期、上り線は既に新橋に移行したが、下り線はまだ旧橋を使って運行していた。
そして、使わなくなった旧上り線の資材が徐々に消えて行く。

登戸駅のホームから見ると、和泉多摩川駅で待避している各停が、来る列車の肩にチョコンと乗かっているように見えた。
いかにも過渡期的な風景だが、このチョコンと乗っている姿が、なぜか好きだった。

2004.9.25 登戸駅

5258F



小田急線が、複々線工事を始めたのは、何時からだったか?
もう記憶が定かでないくらい昔になってしまった。

本当にいつ出来上がるのか、いい加減長く続く工事にへきへきとしていた。
が、今、年月を経て完成しつつある。

紆余曲折があったらしく下北沢駅が地下深くになった。
そのために旧性能車では不適合となり更新が進んだ。

そして代々木上原から和泉多摩川までの複々線工事が完成する前に
5000系はいなくなる。

2005.9.4

5257F



この頃に撮影したものはレンズが、フィルム用からデジタル用に切り替わる頃で、いろいろなレンズが混じって撮影をしている。

普通にフィルムだと問題ないものが、デジタルでちょっと条件が悪くなるとすぐに馬脚を現す。
その辺が、普及クラスのレンズ弱みだった。

2005.5.15 柿生-鶴川

 | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

プロフィール

やじたか

Author:やじたか
yahooブログより引っ越してきました。よろしくお願いします。

姉妹ブログ(ぶらりASAO)もよろしく。
http://yajiburo.blog46.fc2.com/

最新記事

カテゴリ

TOP (428)
小田急_現行車両・現塗装 (336)
小田急 GSE (46)
小田急 MSE (149)
小田急 VSE (82)
小田急_EXEα (44)
小田急 EXE (76)
小田急_引退車両・旧塗装 (155)
小田急 RSE (35)
小田急 HiSE (42)
小田急 LSE (158)
小田急 LSE 赤塗装時代 (42)
小田急 9000形 (32)
小田急 区間準急 (23)
小田急_ラッピング車 (54)
JR (150)
E233系2000番台 (43)
中央東線 (473)
中央西線 (12)
E353系 (31)
電気機関車 (44)
EH200 (46)
東海道線 (65)
御殿場線 (27)
小海線 (16)
南武線 (73)
横浜線 (14)
大糸線 (28)
しなの鉄道 (20)
私鉄 (62)
東急 (92)
京王 (30)
都営 (16)
メトロ (231)
江ノ電 (18)
京浜急行 (30)
相模鉄道 (18)
東武鉄道 (6)
西武鉄道 (19)
富士急行 (11)
371系 (30)
保存車両 (17)
蒸気機関車 (18)
飛行機_国内 (75)
飛行機_海外 (48)
飛行機 (7)
今昔物語 (47)
セピア色の時代 (212)
セピア色の時代_OER (100)
セピア色の時代_私鉄編 (88)
セピア色の時代_飛行機_国内 (60)
セピア色の時代_飛行機_海外 (60)
撮影機材 (8)
実験工房 (6)
これで撮りたい (18)
使わずに死ねるか! (70)
旅日記_国内 (6)
旅日記海外 2020 KHH (4)
旅日記海外 2019 BKK (24)
旅日記海外 2018 HAN (18)
旅日記海外 2018 BKK (15)
旅日記海外 2015 BKK (13)
旅日記海外 2013 BKK (15)
旅日記海外 2014 TPE (27)
旅日記海外 2012 BKK (21)
旅日記海外 2011 BKK (20)
旅日記海外 2010 SIN (9)
旅日記海外 2008 TPE (10)
旅日記海外 2006 BKK (6)
旅日記海外 2005 BKK (1)
旅日記海外 2004 BKK (15)
町・街 (10)
風景全般 (59)
見上げてごらん空を (51)
読み鉄 (4)
Beer (7)
タイ食 (5)
そばの蕎麦 (166)
雑記・戯れ言 (25)
石仏 (16)
未分類 (0)

月別アーカイブ

検索フォーム

最新コメント

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カレンダー

12 | 2011/01 | 02
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

RSSリンクの表示

FC2カウンター

訪問者数

Template by たけやん