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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

NEX


 短い編成でチョコチョコと都心部を走る電車。そんな印象がこの電車にはある。

 特急といえばロマンスシートが標準だったと思っていたら、これは固定タイプ。
 581系や583系ならいざしらず、なんで昼間の運用のみなのに固定シートなのと初めて乗った時の疑問。

 落ち着いた雰囲気というより海外旅行へ行くいうワクワクを削ぐような室内の暗さ。結局1~2度使っただけで乗るのを止めました。

 そんなこれも代替の話が上がっている。もう少ししっかりと撮っておかねばならない形式のひとつでもあります。

 2007.6

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E351系浮上す


 湖の畔を走っていた大糸線が、更に山に入っていく。

 ここを走っている姿は、まるでバックの湖から浮上するように見えた。

 この時の持っていたレンズではこれが限界。

 翌年リベンジするべく更に長いタマを持って出かけたのだが、E351系は既に大糸線に入線してこなくなった。ああ…リベンジならず…。

 2007.5.7 大糸線 木崎湖付近

木崎湖畔を行く165系


 この時は鉄道ではなくて、石仏や風景スナップがメインの撮影行だった。

 木崎湖を回っていたら、ボートで水遊びをしている人達がいた。
 絵に纏めるには、もうひとつアクセントが欲しいなぁと思っていたら、対岸に湘南色の電車が見えてきた。

 今になって見返してみると、どちらがメインだったのか……。

 「三つ子の魂、百までも」ではないが、なかなか一度ついたスタイルは忘れられないもののようです。

 1985.8.18 大糸線 木崎湖付近

キニ19+キハ30


 気動車王国“千葉”。そんな言葉もまだ残っていた時代。

 内房・外房線は電化されたけれど、まだ非電化区間も残っていた。

 両国駅地上線ホームから発車していた珍編成。別のコマにはキニ19×2というのもあった。これは多分、新聞電車ではなかったのか、それとも本当に小荷物のための編成であったか…。

 繋げらられれば何でもOKのおおらかさ(いい加減さ、か)が気動車にはあった。

 1972.12.14

165系急行「みさき」


 165系が大手を振って走っていた頃、内房・外房線が完全電化された。

 それまで片や電車、片や気動車で運転されていた。オール電化(某電気会社の宣伝みたいだ)を記念(?)して、「内房」「外房」から「みさき」と「なぎさ」に変わった。

 その後に鉄道趣味を離れてしまったので、房総関係はずっーと165系でいって、それで終末迎えたと思っていたのである。

 165系以外に153系が房総を走っていたという事実を知ったのは、数年前に鉄道趣味を復活させてからだった。
 (本日は、浦島太郎話でした)

 1972.12.14

9000形スタイルの顔


 やはり流行に乗って登場したといえば、こちらの車両だろうか。

 もしかすると同じように提案されて登場する時期が少々遅かったのかもしれないが…。

 気づけば国鉄・JRのあちらこちらの路線で走っていた。これも9000形顔のひとつであろう。

 流れからいって、4000形が登場するかと思っていた方ごめんなさいね。

 2006.3

1094F 多摩急行


 9000形の後継車種の1000形。

 4000形が登場して、全車地上線に回るのかと思っていたが、かなりの数が多摩急行の運用にまだついている。

 お顔のスタイルも9000形に似ているが、唯一気に入らない点がある。窓の下に若干のふくらみがあるのだが、それがそこだ。

 疲れた中年の顔みたいに目の下に出来たクマが弛んでいるように見えてくるのだ。

 自分のお仲間と思えば(?)よいのだが、やはり若者らしく(?)シャンとして欲しかったと思っている。

 2008.4

9401Fその2 湘南急行


 9000形といえば、千代田線直通の車両。そんなイメージが強いが、実際はどれくらいの期間運用についていたのだろうか。

 2代目の1000形も半分隠居の身だし、3代目の4000形はバリバリだが、なかなか千代田線ではお目に掛からない(私との相性ないのは単にタイミングの問題だろう)。

 9000形の4両口の末期は、そのほとんとが固定編成化されて、ローカル仕業に明け暮れていた。急行で頑張っていたのは6両口。

 ローカルに生きるか、最後まで激務をこなすか…同じ9000形でも生き方が変わっていた。なんとなく人生にも通じるものがある9000形の歩みだった。

 さて、あなたはどちらの人生がお好みですか?

 2004.9

C56126


 よく出かける小淵沢には、蒸気機関車が保存されている。

 小淵沢小学校の校庭脇にひっそりと置かれている。そこの横は道路。いつの頃からか、ずっーと気になっていたが、いつも横目に見て通り過ぎていた。

 ある日、意を決して自動車を止めて見学した。

 C56126…最後の方は、西にいたカマのようだ。昭和40年頃は上諏訪にいた(説明板より)。直接小海線とは縁がなかったようだが、綺麗になって保存されているのは嬉しい。

 正面のナンバープレートは盗難にあって複製したのか書体が少しヘンな感じがする。よって後ろ姿になった。C56というカマはテンダーも特徴的なのでこれはコレでありかもしれない。

 2004.5.1

本線にて入換中


 電車によって、東から来て小淵沢止まりでも、回送で更に富士見まで行くものもあれば、小淵沢で素直に折り返していくものもある。

 とある日、115系スカ色で小淵沢の折り返しシーンをみてみた。

 一般的によくあるのは、入線したホームから発車していくものだ。これだったら東京寄りにポイントを設ければ、そのままでOK。

 さてどうなんだろうとじっくりと見ていると一端西に行き、本線上で折り返していった。
なるほどね。

 2005.10 中央東線 小淵沢

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