FC2ブログ

晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

20年目のバンコクホリディ 20 終



ふと気がつけば、ZENセントラルの入り口にバリケードが出来ていました。
さっきまでは、ビル入り口でしかチェックをしていなかったのが、敷地内へ入る場所でもゲートを設けてあります。

その原因は、これ。
 


 ZENセントラルビル端の道路に、続々と集まる赤シャツを着た人々。

「赤シャツ」と言えば、そう、かの有名な夏目漱石著『坊ちゃん』に登場する人物である(違!)

いや、それは違わなくはないのだが、タイの赤シャツといえば、昨年国際的にも物議を醸し出した元首相を支持する「タクシン派」の人たちである。



周囲のビルに詰めるセキュリティの人たちが道路に出てきて注視し、トランシーバーで連絡を取り合ったりしている。
警官も出動してきている。
ちなみに、この交差点の道路の向かいが警察署だったりするのです。

そして、周囲にもだんだんと緊張感が伝わってきます。
海外安全情報によれば、そういった集会には近づかないようにとある。
常識的に考えて、それはそうだよなぁ。と思います。ハイ。

野次馬的には近くに行ってみてみたいのだが、カメラを持っていくと余計な刺激を与えることになったり、偶発的な事に巻き込まれる可能性もあるので、ここは自重するのが無難。

この陸橋に来る途中で赤シャツを着た人たちとすれ違いましたが、この「赤シャツ」はタクシン派が作った組織的なものではなく、企業のロゴが入っていたりと千差万別。
ようは、赤シャツを着ているならばOKという感じでした。
この日に限って赤シャツを売る屋台も出て、それはそれで商魂たくましい。当然ながら店主は赤シャツを着て売っています。

情報を収集すると、
19日は、籠城していたこの場所から集会を解散した日で、それを記念(?)して毎月19日は、ここで集会が行われているとのこと。

う~~ん。ソレってありなのか?




夜になって、空がとうとう泣き出してしまいました。

帰国する便の機内にはいれば、そこはANAということもあって日本の雰囲気が漂っています。

やっぱり、ウィングレットはないのか…(ボソ)。

深夜便ですから機内食もなく、行きと同じようなペットボトルの水とお菓子が入った袋が配られ、ドリンクサービスで、お休みモードです。

そのお休みモードから、2時間程度で起こされます。
で、出されたのは、ご覧の通りの食事。
せっかく(?)の帰国便・日本行きなんだから、もう少し日本的な雰囲気のものを出すかと思えばさにあらず。ごくごく普通のものでした。



残すのは「もったいない」の精神で頂きましたが、こうなってくると食事するいうよりも、エサを与えられている気分にもなります。
エコノミー席 = ブロイラー席 です。

食事が終われば、便は九州を既に通り越し、本州南岸に沿って飛行しています。



空が、漆黒から群青に、そして朱色を帯びてきます。

もうしばらくすると電子機器の使用が中止がアナウンスされ、デジカメも使用出来なくなります。
旅の最終章の最後です。

あと少しだけシートに身を寄せ、着陸を待つことにしましょう。

2011.8.19-20
〈終〉

ちょっとだけ後書き。
最後まで、お読み頂き、ありがとうございました。
過去に旅行記を書く書くと言いながら、なかなかかけずにきましたが、今回やっと書くことが出来ました。
もっと書きたい話もあるのですが、とりあえずメインストリートだけに絞りました。
その割には、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとしていますが(汗)。

書き足らなかった所は、別項としてアップできたらと考えています。
その節は、どうぞよろしくお願いします。
スポンサーサイト



20年目のバンコクホリディ 19

とうとう帰国する日の朝になってしまいました。
昨日は雨が降りませんでした。そのためか朝から、空が泣きそうな様子です。

その分、涼しくてよいのですけど、南国らしさがなくなります。

良いような、悪いような…気分は複雑です。



三々五々、屋台を押して出店場所へ向かいます。
この屋台の売りものは、生ココナッツジュース。テーブルの上の白いボールみたいなものがココナッツの実です。これをナタで飲み口を開け、ストローで飲みます。
飲み終わった後は、スプーンで内側の周りについている果肉を食べます。

初めての頃は、珍しくてよく飲んだものですが、最近は飲まなくなりましたねぇ。



こちらが、伊勢丹の入っているZENセントラル。
そう、昨年の争乱時にタクシン派が、ここに拠点を設け、最後は火を放って火災を起こした所です。
ISETANも休業を余儀なくされましたが、現在は以前のように営業をしています。



反対側はまだ、修復工事中でした。
それこそ20年前は、この地下1階には阪急デパートが入っていました。それほどのスペースはなくて主に食料品でしたが。
面白かったのは、ブータンで採れたマツタケを空輸して売っていたりと、ちょっと後発組らしく他の店とは違うポイントがありました。
が、アジア通貨危機の前後だったかなぁ、撤退してしまい地元系のスーパーになってしまいました。



この最寄りの駅にも宣伝が出ていましたが、このビルにユニクロが出店するようです。
2011年9月9日オープン予定とありました。
日本では低価格のお店として有名ですが、こちらでは日本ブランドの有名店としてオープンするようです。
事前の広告によればTシャツが1枚290バーツとありましたから、普通の現地価格+αといった設定でしょうか。
ワールドワイドの出店ですから、いざとなれば現地調達も可能となります。が、サイズがあるかどうかは別問題…ですね。



街行く工事車も、オシャレになっていました。
そこまで必要かどうかは別として、こんなラッピング・ミキサー車も見かけました。
日本だと、せいぜい会社名程度ですから、こちらの方が進んでいるかも知れませんね。

2011.8.19 バンコク市内
つづく

20年目のバンコクホリディ 18



ロッブリーからの乗り鉄の旅も、バンコク中央駅に無事に到着。
マハチャイの往復で乗った同じタイプの気動車でした。
この車両、なんとなくそのデザインに日本の香りを感じていましたが、調べてみるとやはり日本製です。

時間は20時40分。ほぼ定刻に到着したようです。
そういえば、このホアラムポーン駅に夜降り立つのは初めてでした。

さて、変わったものはいないかと見回せば…いました。



タイ・ロイヤルカラーに塗られた列車がいました。
出発時間をみれば、1時間10分の遅れ…。終点への到着は定刻によれば明朝10時55分(もう昼か)。
またこの片道で遅れが出るでしょう。おそらく定刻より2時間程度遅れるのかしらねぇ?
長距離列車の遅れ回復措置は、ないのでしょうか? 人ごとながら心配になります。

よくみればこの列車、展望車が2両付き!
えっ! 2両?



タネ車が違うのでしょう。微妙に屋根の高さなどが違っています。

この最後の1両、回送扱いなんでしょうか。
途中にデッキがあるため、走行中は他の車両からこの最後の車両へ行くことも・出ること出来ません。
不思議です。



みている間に発車していきました。
よくみれば、この編成。かなりの凹凸編成です。それでも急行列車です。
駅員さんが、後部を確認し見送ります。

長かったような旅も、あしたは、もう帰国する日です。
今回は、もうこの駅に来ることはないでしょう。

そんな事を思うと、ちょっぴりセンチな気分。

なりません。この熱帯特有の暑さが、あきらかに邪魔をしています。

夕食時間も過ぎてしまい、さっさとどこかで食べないと食いっぱぐれます。
まぁ、最悪でも屋台があるので、クーラー無しならば、どうにかなるのです。
でもね。
夕食ぐらいクーラーの効いたお店で、今日一日のことを想いながらビールを片手にゆっくり食事を楽しみたいなんて思っていると、あまり時間がありません。
夜の街に行けば、それはそれであるのですが、好きとは言え往復6時間も列車に揺られていましたから、そこまでの元気はもう残っていません。

さて、ホテルへ戻る途中のどこかで、食べることにしましょうか。

 2011.8.18 バンコク中央駅
つづく


20年目のバンコクホリディ 17



ロップリーには、猿に占領されたお寺があると書きました。
そのお寺に近づくと、その手前からお猿さんが、溢れています。

上を見れば、軒下に通している電線に乗り、揺らして遊んでいます。
お寺に近づく前から、すごい状態になっています。
これは、お寺に行ったらどんな状態なんだろうと興味津々です。



そのお寺に到着してみれば、お猿さんは1匹もおりません。ガランとしています。
夕方なので、どうも夕食をとりに町中へいったようです。すれ違ったのがその集団の一部だったのでしょう。



しばし、その周辺の遺跡を見学してから駅に戻ります。
郷入れば郷に従え といいますから、適当なところからホームへ入ります。



ちょうど学校の帰宅時間帯とぶつかりました。
この時間帯は、上下列車がさほど時間を置かずにきますので、待つ人も多いようです。

しかし、日本でもタイでも変わらないのが、その辺にペタンと座り込む子ども達の姿と買い食いをする子。
いつもお腹が空くのは、この世代の特徴ですね。

よその国とは言えラッシュが混むのは変わりません。写真を撮る暇もなく乗り込みます。
すぐに空くかと思っていたら、かなりの時間にわたって混んでいて乗った車両の範囲では、1時間近く乗っていた子どももいました。通学ご苦労様です。

日本でしたら、恐らくPSPやDSなどで遊ぶのでしょうが、こちらではまだ高価なのでしょう。持っている子どもは見かけません。
そのかわり携帯電話をいじる子の姿がありました。友達の携帯をいじくったり…。一人で2台も持って(おじさんだって1台だゾ)いて、設定を変えて遊んだりしていました。

行きは、機関車の引く客車でしたが、帰りは気動車。
一応クロスシートですが、樹脂製の堅いもの。当然クッションなんてありません。
どんなシートかというと、こんなのです。



ふだん小田急3000形のシートが堅くて40分も座っていられないとか、なんだかんだと散々文句を言う割には、こんなシートで3時間も座っておりました。それでもあまり痛さを感じなかったのは、旅という非日常性のためでしょうか。それともクロスシートのためでしょうか?

時間が少し戻りますが、子ども達が降りた車内は、ゆったりムードが漂ってきます。

車掌さんが車内検札をはじめます。ホームが外と自由に行き来できるので、切符にパンチを入れるということを車内で行います。
始発駅からでしたら先頭部から順次に行っていきますが、途中駅からの場合は自己申告のみのチェックのようでした。
しかし、それでいいのでしょうか? きっとタイだから、それでいいのでしょう(意味不明)。

向かいに座っていたおばさんが、シートに脚を伸ばしていいよと仕草で教えてくれます。
バンコクだけに万国共通なんでしょうね(うっ、寒い。ギャグだ)、靴を脱いで脚を伸ばすという行為は。

そんなおばさん達も夕闇が近づく前に降りてしまい、周囲はすっかり暗くなってしまいました。
バンコク中央駅へ到着するまでもう少し時間がかかるようです。

2011.8.18 ロッブリー
つづく

20年目のバンコクホリディ 16

猿に占領されたお寺があるロッブブリー(Lopburi)。

駅ホームにあるモニュメントも、巨大なお猿さんです。



駅を出てみれば、蒸気機関車が保存されていました。
軸配列が2Cとちょっと珍しかったですね。
日本だとこんな場合は1C1になっていることが多いかなぁ。それとも1Cかなぁ。
なんてことを思いながら、見ていました。



時間は、もうすぐおやつの時間です。
でも、昼食がこれから…おなかが減ってきました!

タイの良い所は、駅前になんらかしらの食べる場所があることです。
ここは屋台でしたが、駅改札口を出ると真向かいにありました。

今日の遅れてしまった昼食は、幅広緬のミートボール添えです。



緬とミートボールの他は、もやしとパクチー(香草)です。
このパクチー、あまり日本ではみかけませんが、東南アジアでは広く薬味として使われています。
名の通り、ほかの葉ものにくらべて「香り」がきつく、好き嫌いが分かれる食べ物です。
初めてタイに行く数年前に、台湾で台湾パセリと紹介された覚えあります。

今では大好きな食べ物のひとつですが、初めて食した時は、

「なんだ、コレ。食べられないほど香りがキツイじゃないか」と思いました。

その時はどう頑張っても食べられませんでしたが、慣れって恐ろしいですね。
いつの間にか、好きな食べ物に変わってしまいました。



その駅前、道路を挟んであるのが遺跡のひとつ、ワット・プラ・シー・ラタナー・マハタート。
最初は、12世紀クメール時代に建てられたものだそうです。
時代・時代を経るごとに増築を重ねてきたため、様々な年代とスタイルの違う仏塔が建てられました。

遺跡のひとつの楽しみ方は、その時代に想いを寄せ静かに鑑賞するのですが、今回は時間があまりありません。さっーと見てしまいました。
また次回来た時に、キチンと見ようと(爆)。

町の中心部は、思っていた以上にコンパクトでした。
というより、このロップリーでもこの場所は旧市街地にあたります。
コンパクトなのは、おそらくそのためなんでしょうね。




このピックアップトラックもれっきとした公共交通機関です。
テンソーと呼ばれ、基本的には決められたルートを走りますが、乗り降りは比較的自由です。
今回は使いませんでしたが、大体最低5バーツからというところでしょうか。
距離によって、運賃が違ってきます。

タイ語を話さぬ旅行者には、バス停みたいな標識がなく、乗り降りがわからずに使いにくいものです。
故にこれが自由に使いこなせれば、「旅の通」と言われるのでしょう。

これなんか、よい方です。
今まで乗ったことのあるものはシートを上にホロを被せただけ。そしてロングシート(腰を下ろす場所に板をわたしただけ)ですから、外が見づらいのです。降りたい場所が判らなくて、緊張を強いられてきました。

2011.8.18 ロッブリー
つづく

 | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

プロフィール

やじたか

Author:やじたか
yahooブログより引っ越してきました。よろしくお願いします。

姉妹ブログ(ぶらりASAO)もよろしく。
http://yajiburo.blog46.fc2.com/

最新記事

カテゴリ

小田急_現行車両・現塗装 (357)
小田急 GSE (47)
小田急 MSE (152)
小田急 VSE (85)
小田急_EXEα (44)
小田急 EXE (76)
小田急_引退車両・旧塗装 (155)
小田急 RSE (35)
小田急 HiSE (42)
小田急 LSE (159)
小田急 LSE 赤塗装時代 (42)
小田急 9000形 (32)
小田急 区間準急 (23)
小田急_ラッピング車 (54)
JR (150)
E233系2000番台 (43)
中央東線 (473)
中央西線 (12)
E353系 (31)
電気機関車 (44)
EH200 (46)
東海道線 (66)
御殿場線 (27)
小海線 (16)
南武線 (73)
横浜線 (14)
大糸線 (28)
しなの鉄道 (20)
私鉄 (62)
東急 (92)
京王 (32)
都営 (16)
メトロ (231)
江ノ電 (18)
京浜急行 (31)
相模鉄道 (18)
東武鉄道 (6)
西武鉄道 (19)
富士急行 (11)
371系 (30)
蒸気機関車 (18)
保存_鉄道車両 (17)
保存_航空機 (0)
飛行機_国内 (77)
飛行機_海外 (51)
飛行機 (7)
今昔物語 (47)
セピア色の時代 (217)
セピア色の時代_OER (100)
セピア色の時代_私鉄編 (88)
セピア色の時代_飛行機_国内 (60)
セピア色の時代_飛行機_海外 (60)
撮影機材 (8)
実験工房 (6)
これで撮りたい (18)
使わずに死ねるか! (72)
旅日記_国内 (6)
旅日記海外 2020 寒さからの逃避行 台湾・高雄の旅 (31)
旅日記海外 2019 暑気と雨期のはざま旅バンコク (24)
旅日記海外 2018 ハノイよいとこ、一度はおいで (18)
旅日記海外 2018 バンコク病み上がりの旅 (15)
旅日記海外 2015 バンコクで息抜き旅 (13)
旅日記海外 2014 麗しの島・台湾 基隆 (27)
旅日記海外 2013 バンコク落ち穂拾いの旅 (15)
旅日記海外 2012 1Weekバンコク市民 (21)
旅日記海外 2011 20年目のバンコクホリディ (20)
旅日記海外 2010 SIN  (9)
旅日記海外 2008 KHH (10)
旅日記海外 2006 BKK (6)
旅日記海外 2005 BKK (1)
旅日記海外 2004 BKK (15)
町・街 (10)
風景全般 (59)
見上げてごらん空を (56)
読み鉄 (4)
Beer (9)
タイ食 (5)
そばの蕎麦 (169)
雑記・戯れ言 (25)
TOP (428)
石仏 (16)
未分類 (0)

月別アーカイブ

検索フォーム

最新コメント

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カレンダー

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

RSSリンクの表示

QRコード

QR

FC2カウンター

Template by たけやん