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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

キハ52 首都圏色

5889_大糸線2

 昔、国鉄が経営危機を理由に赤とクリーム色のツートンカラーをやめて、この首都圏色一色にしてしまった。

 そう、私はこの色は嫌いです。

 そう思う人は意外にいて、とある方のブログを拝見していたら、

 「国鉄が没落していく様を見るようで嫌だった」

 と記述がありました。

 きっと世代的に同じなんでしょうね。

 もう少し世代が下がると、興味を持った頃には既にこの色が多く走っていて、「懐かしい首都圏色」という意識になっていきますから。
 
 

 首都圏色と言うけれど、じゃ首都圏でそれほど多くの車両がこの色に塗られていたのかというと、この色が登場した当初は中央線の101系、103系、201系しかなかった。

 関西圏にも走っていたけれど、あちらは首都圏じゃないし……。

 つまり首都圏とは言いながらも、実は中央線色だったという事実。

 首都圏とは上手いことを言ったなと今になって気がつきました。

 2006.5.4 大糸線

  
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大糸線時代のキハ52 125

5885_大糸線1

 超ローカル線とも言われる大糸線。

 GWの休みを利用して出かけました。

 山々には雪が残り、国道沿いの山影には除雪された雪の塊が残っていました。

 自宅から直接アプローチするのは、距離がありますし大変だからといつものペースキャンプから出撃。

 それでも、結構な距離があります。

 非電化の大糸線エリア入れぱ、日本海海岸近くまで行かないとコンビニもほとんどありません。

 生活していくのも大変な場所なんだと思わずにはおられませんが、慣れてしまえばこんなものと思ってしまうのでしょうか。

 水田には水が張られており、秋になるのが楽しみな春のスタートでした。

 2006.5.4 大糸線


Ps. このキハ52 125はJR西で廃車後、千葉県のいすみ鉄道に引き取られました。
   大糸線へ行くより近くなるので頻繁に通えると思っていたのですが、まだ1回限り。
   気力問題か体力の問題か…。

 

タラコが、嫌いなワケ



タラコ色と言えば、別名首都圏色とも言われている朱色5号のことである。
一般用気動車の一部で採用されていた色である(今も纏っているものもあるようだ)。

私はこの色が好きではない。はっきりと言えば、嫌いだった。
どうして、この色が人気があるのか、ずっーと、判らなかった。

そして、どうして私が嫌いなのかを考えたこともなかった。

この首都圏色は、1975(S50)年、国鉄相模線の気動車で初めて採用されたそうである。

この採用理由は、塗装の合理化つまり経費削減ためであった。
それまで一般型気動車は、いわゆる一般型気動車標準色と言われているクリーム4号と朱色4号を纏っていたのである。
それが朱色5号1色で登場してきたものだから、その衝撃は大きかった。

その頃は、まだ私も若かったので、「なんだ、この品のない色は」。
で、嫌いなったと思っていた。
でも、よくよく考えてみれば、それだけじゃなかった。

要は、お金がなかった国鉄が、貧しさに負けた 象徴でもあったのだ。

あこがれの象徴が、貧しさに負けたことは、若い純なファンとしては、それを認めたくなかったのだ。

一方、私より若い世代の人達、少なくとも昭和50年半ば以降に中高生だった人達(鉄に目覚めた時期という意味です)は、気がついた時には既にあった色なので、色違い(バリエーションのひとつ)として認識されて、違和感がなかったのだろうと想像している。

その世代以降の方が読まれていたら、その点について、ご意見・ご感想をぜひ・ぜひお聞かせ下さいませ。

唐突に、そんなことを思ったのは、この本を紹介してから気がついたこと(追記部分)。
なんで、こんなにも一部で人気があるのかと……。


さすがに、ここまで歳を重ねてくると首都圏(タラコ)色を昔ほど毛嫌いをせずに、ひとつのバリエーションとして撮っています。
でもね、本音を言えば、やっぱりキライです(笑)。

写真 : 2009.6.20 大糸線 小滝-根知

山が呼んでいる。



明日からGWに突入する。
1・2日を休んで、9連休という人もいるでしょう。

でも、カレンダー通りという人が多数じゃないのかな?

いつぞやのGWに大糸線の非電化区間までいく予定が、風景の良さで途中でやめちゃった時もありました。
大糸線は、どこでどうとっても絵になるところばかり。

過去に撮った写真を眺めていたら、「今年は来ないの?」と山に呼ばれたような気がしてきました。

115系の2連。
ああ、また見に行きたいな。

2008.5.4 大糸線

平岩駅



日に何本もない列車で、やってくるお客さん。

秘境と言うには、おこがましいがアクセスが悪くて、ちょっと行きにくい場所。

軒を並べる温泉街にはほど遠いが、ここにはいくつかの温泉宿・ホテルもある。
昭和の頃には、繁盛していたのだろうと想いを寄せるには充分な資格がある。

いまでも営業している宿からは、列車が来る時間になるとマイクロバスが駅まで迎えに来る。きっと列車で来る人には送迎付きなんだろうなぁ。

このキハ52も昭和生まれだったが、引退してしまった。
キハ52はいなくなったが、このあたりの温泉宿に1泊してキハ52の活躍に想いを寄せ、宿に残る昭和の香りを探してみるのは、それはそれで、思い出深い旅になりそうだ。

そんなことを思い起こさせる秋である。

2009.6.20 大糸線 平岩駅

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