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晴れ時々Fe 2

鉄道と鉄道風景写真やアジアの旅行記などをやっています。

NW B747-251B(N614US)



 ノースウエスト航空のB747-200。

 今は合併・統合で、消滅してしまった会社。

 ノースウェスト航空には1度乗ったことがあります。

 その昔、その時は既にアライアンス・グループも台頭していましたが、米国系の航空会社は成田からのアジア便を自社便で運航していました。

 東南アジアから成田を経由して米国まで戻るには、東南アジア現地の出発時間がやたら早くなります。

 NWもバンコク発時間が朝の5時台後半だったか、6時台に入ってすぐだったと思います。

 その2時間前に空港入りですから、前夜安心して寝ると起きられない…。
 うたた寝をしつつ真夜中の3時頃ホテルを出た記憶があります。

 交通渋滞の激しかったバンコクでもその時間はガラガラです。タクシーの運ちゃんは、高速道路でここぞとばかりに飛ばしに飛ばして普段は一時間ぐらいかかるところを30分足らずで空港に着きました。

 さすがに怖かったですね。お陰で目もバッチリ覚めました(苦笑)。

 NWと言えば、そんな記憶と共にNWバンコク便の思い出があります。

 1987.10.18 成田空港


Ps.そう言えば、今日から令和になったのですね。
   まだ始まったばかりの令和ですから、昭和や平成の思い出からスタートしてもいいでしょ。
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CS DC-10-30 (N68065)



 コンチネンタル・ミクロネシア航空のDC-10-30。

 撮影した空港はオーストラリア・シドニー空港。

 オーストラリアとミクロネシアとは、他の国々たとえば日本とか欧州に比べるとご近所のような近さだ。

 それでもDC-10-30を飛ばして来ていた。

 当時の日本にはB727-200。

 まぁ、航空協定があってB727-200を1とすると、これで週7便飛ばすことが出来る協定だと、それよりも大きな機体で飛ばすと週5便になったり4便になったりとする。

 恐らく日本には週7便以上をキープしたかったので、中型機で運用されていたのかもしれない。

 航空協定によって、その輸送量は変わるので、実際にはオーストラリアとはDC-10で週何便かが決められていたのかもしれない。

 1987.5.16 オーストラリア シドニー空港

TG B747-2D7B(HS-TGG)



 タイ国際航空のB747-200。

 HS-TGGの登録番号を持っているが、この番号の2代目だ。

 初代はDC-8-61であり、現在はB747-4D7(400形)で活躍中。この3代目の機体は羽田空港にも頻繁に飛来してくる。

 この2代目は、1981年3月にデビューし、1997年4月に引退。

 登録番号の使い回し(?)は、他国(たとえばドイツなど)では見られるが、日本では車のナンバープーレート同様に1回限りの使い捨てである。

 番号が判れば、全てが特定出来るように考えているためだろうか。



 撮影地はオーストラリア・シドニー空港。湾に面してすっきりとした風景の中にある空港。

 空港ビル自体が3階建て程度と低く、目の前に機体があるのが楽しい思い出のひとつになっている。

 そういえば旧羽田空港のターミナルビルも低く、飛行機が間近に見ることが出来ていた。

 最近はビルが高くて見下ろすばかり。間近に見られる空港は残っているのだろうか。

 1987.5.16 オーストラリア・シドニー空港 国際線ターミナルビル

SU IL-62M (CCCP-8605) II



 崩壊してしまったソ連。その国有航空会社であったアエロ・フロートのIL-62M。

 久々にスキャン済みのフォルダを眺めていたら、ふと目に止まった。


 尾翼に大きく国旗を描き、機体にはロシア語で会社名が書かれている。

 「ああ、そういうことだった」んだと記憶に残ってきた疑問点が氷解した。

 機体には漢字、尾翼に国旗となっていた中国民航機

 なんで英語表記をしないのかと当時から思っていました。

 社会主義国の先輩格(先生格か)であったソビエト連坊共和国の機体デザインに似せていたんだと、今頃になってやっと判りました。

 1987.10.18 成田空港

KE B747-2B5F/SCD(HL7452)



 大韓航空のB747-200/SCD。いわゆる貨物専用機です。

 お隣の国ということもあって便数も多く、機種も様々でした。

 夕方になって、そろそろ上がろうか(撮影を終えようか)という頃にやってきました。

 夕焼けで、空が赤くなっています。

 デジタルカメラだとWBをautoにしておくと、こういった色は残してくれません。小まめな設定が必要なようです。

 フィルムだと無条件で空の色を残してくれるから、そういった点では良かったのかもしれませんね。

 1987.10.18 成田空港

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